~東京都千代田区 男坂・女坂編~
2022.08.05
みなさんこんにちは。
リンスタ社会科担当の白井です。
今回も、リンスタの近所で気になった場所についてお話しします。
前回取り上げた三崎町の反対側に向かうと、「男坂」「女坂」という名の階段があります。坂と名がついていますが、写真のように結構長い階段で、私も時々ここを上り下りして運動不足解消に役立てています。
左の写真が男坂です。見ての通り一直線の階段が続いています。一方、右の写真の女坂は、途中に踊り場があり、説明書きによると男坂よりも緩やかになっているそうです。
名前からも男坂のほうがキツそうに思えますが、正直言ってどちらの坂も上ると息が切れます。
さて、この坂ができたのは大正時代の1924年のことだそうです。
この年を聞いてピンとくるのは、前年に起こった関東大震災。これは何か関連がありそうですね。
それでは、国土地理院の地図を見てみましょう。
地図上に、男坂、女坂の位置を入れてみましたが、この坂の西側(坂の下)が、三崎町方面です。この地域ついて前回こんなことを書きました。「ここは低い土地で、もしかすると昔は海??・・・」
そういう場所から考えられるのは地盤が弱いということ。きっと震災の被害も大きかったはずですね。
一方、東の地域(坂の上)は、「神田駿河台」という表記があります。「〇〇台」というのは、台地につけられることが多い地名です(新興住宅地に新しくつけられたものは台地でないこともあります)。台地は、低地と比べれば地盤も頑丈で、こちらは震災の被害も比較的被害も小さかったのでしょう。
震災後に、被害の大きかった東側の人たちが考えたのは「あの台地に避難をすることができれば・・・」「崖に道が通っていれば・・・」ということだったのではないでしょうか。
実際に、坂に立っている説明書きを読んだら、「関東大震災の復興事業で・・・」ということが記されていました。どうやら「?」の予想は当たっていたようです。
「?」はきっとそこにある
「?」を知ればおもしろい!
みなさんも、身近な「?」を見つけて楽しんでみてください。
あれ?
でも、なんで関東大震災が起こるまでそれに気づかなかったんだろう?
その前にも大きな地震はあったはずなのに・・・。
この「?」は、次回考えてみたいと思います。
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